· 

『もののけ姫』と一つ目の鬼

映画『もののけ姫』とは

ジブリ映画の中でも人気の高い『もののけ姫』は、たたら製鉄を営む村を舞台にしています。主人公のアシタカは、祟り神から受けた死の呪いを解くために旅立ち、西日本のどこかにあるタタラ場にたどり着きます。アシタカは、山犬に育てられた少女サン、タタラ場のリーダーであるエボシ御前、森に住む「もののけ」たちやシシ神、そして隠密のジコ坊と関わりながら、「生と死」について深く考えるようになります。

タタラ場にまつられる金屋子神について

『もののけ姫』の舞台であるタタラ場は、中国山地のどこかにあるとされています。実は、中国地方のたたら製鉄の現場では、古くから製鉄に関連する神として「もののけ」のような金屋子神(かなやごのかみ)がまつられていました。しかし、金屋子神は『古事記』や『日本書紀』には登場しないため、一般にはあまり知られていません。

 

『古事記』や『日本書紀』に登場する製鉄の神には次の3つがあります。

①伊邪那美命(いざなみのみこと)が火の神を産んだときに、その火傷で病み苦しんで嘔吐した物から生まれた鉄鉱・鉱山の神。『古事記』では金山毘古神と金山毗売神、『日本書紀』(第五段一書四)では金山彦命。

②『古事記』の天岩戸(あまのいわと)神話に登場する鍛冶(かじ)の神、天津麻羅(あまつまら)。麻は目(ま)を意味する。

③『日本書紀』の国譲り神話(第九段一書二)に登場する鍛冶の神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)。焼けた鉄を片目で見続ける鍛冶師の中には、片目を失明する人がいたことに由来する名前。

 

島根県安来市の金屋子神社1)の主祭神は金山彦命と金山姫命(上記①)です。伊邪那美命の嘔吐物から生まれたことから、もともとは溶けた鉄(ドロドロとして真っ赤)のような姿をした神と考えられます。また、金屋子神は女神の金山姫命という説もあります。あるいは、別の言い伝えによれば金屋子神=天目一箇神(上記③)とされており、金屋子神は「一つ目」とも考えられています。さらに、金屋子神は死の穢れを好むとされ、いくつかの不気味な伝承2)があります。これらのことから、金屋子神を「もののけのような神」と表現しました。

しかし、実際のところは、金属の神=金山彦命と金山姫命、たたら製鉄の神=金屋子神、ベテラン製鉄職人=天目一箇神に区別することができそうです。

 

1)島根県安来市の西比田金屋子神社(図1)は、全国で1200社を数える金屋子神社の総本山。金屋子神は女神との言い伝えもあり、金屋子神=金山姫命という説もある。奥出雲一帯で見られる「金屋子神乗狐掛図」には、白いキツネに跨った金屋子神(女神)が描かれている。『もののけ姫』に登場する白い山犬に跨ったサンは、この絵がモデルとも言われている(図2)。

2)金屋子神は死の穢れを嫌うどころか、むしろ好むと伝えられている。たたら炉の周囲に責任者の死骸を括りつけたら炉の調子が良くなる。死人を背負って歩くと鉄がよく沸く。死人が出ると、たたら場で棺桶を作ると良い。など。

 

図1 西比田金屋子神社
図1 西比田金屋子神社
図2 白いキツネに跨った金屋子神 vs 白い山犬に跨ったサン
図2 白いキツネに跨った金屋子神 vs 白い山犬に跨ったサン

製鉄の神を思わせるキャラクターが『もののけ姫』に登場

『もののけ姫』のオープニング(タイトルバック)には「一つ目の何か」が描かれています(図3)。これは、天目一箇神を表しているのではないでしょうか。タタラ場のリーダーであるエボシ御前は、人間の姿をした金山姫命かもしれません。劇中に登場する、全身を包帯で巻いて片目だけを出した職人(図4)は、天目一箇神を連想させます。宮崎監督の後日談で、彼らはハンセン病を患っていることがわかりましたが、片目を失うこともあった鍛冶師たちを象徴しているようにも思えます。エボシ御前は彼らを敬い、大切に扱っている様子が伝わってきます。

図3 『もののけ姫』のタイトルバック
図3 『もののけ姫』のタイトルバック
図4 包帯から片目を出した職人
図4 包帯から片目を出した職人

「一つ目の鬼」の伝説

最近、『出雲国風土記』に「一つ目の鬼」が登場する箇所を見つけました。それは、大原郡条の阿用郷(あよごう)の記述です。

 

≪阿用郷:雲南市大東町の赤川の南の中部。

郡家の東南一十三里八十歩の所にある。古老が伝えて言うには、昔、ある人がここの山田を烟(けむり)をたててこれを守っていた。そのとき、一つ目の鬼が来て、耕している人の息子を食べた。そのとき、息子の父母は竹原の中に隠れていたが、竹の葉が動いた。そのとき、食べられている息子が「あよ、あよ。」と言った。だから、阿欲(あよ)という。〔神亀三年に字を阿用と改めた。〕≫

 

とても恐ろしい伝説ですね。村人から「一つ目の鬼」と呼ばれていたのは、実は、片目を失った元鍛冶師だったのではないかと推測します。タタラ場では皆から尊敬され、天目一箇神のように扱われていたのに、タタラ場を出ると村人から「一つ目の鬼」と悪口を言われ、見下されました。これに腹を立てた元鍛冶師が犯してしまった殺人事件を、『出雲国風土記』が記録したのではないでしょうか。

 

西比田金屋子神社の紹介は、また別の機会に(^^)/

 

 

IPT鍼灸院 藤原 淳詞

> ブログ